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東京高等裁判所 昭和63年(う)663号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人ら作成の控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は、検察官作成の答弁書に記載されているとおりである。

第一  不法に公訴を受理したとの主張について

論旨は、原審には公訴権を濫用した本件起訴を不法に受理した違法がある、というのである。

しかしながら、記録及び証拠物を検討すると、本件は訴追裁量権の逸脱があったなどと考える余地のない態様、犯情の事案であり、右主張は前提を欠く。

第二  理由不備ないし訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、原判決が、被告人両名を売春防止法違反幇助罪で処罰するのは憲法三一条、二一条、二二条に違反するとの主張に対して判断を示していないのは、理由不備、少なくとも訴訟手続の法令違反である、というのである。

しかしながら、所論指摘の判断を判決に明示することは法の要求するところではなく、原判決に所論のいうような理由不備ないし訴訟手続の法令違反は存しない。

第三  事実誤認の主張について

論旨は、被告人両名に本件幇助の故意を認めた原判決には事実誤認がある、というのである。

しかしながら、被告人両名はいずれも捜査段階において、本件当時Aがホテトルを経営して売春の周旋をしていたことも、同人らが本件小冊子「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」をその売春周旋の手段として使用することも知っていた旨供述しており、特に被告人甲は、原審四回公判においてもこれと同旨の供述をしているところ、右各供述は自己に不利益な事実を承認するものである上、格別不自然、不合理な箇所もなく、関係証拠によると、本件小冊子は、時間と料金こそ記載していないものの、内容自体からホテトル業者が客寄せに使用する広告をまとめたものであることが一見して明らかであるばかりでなく、更に、

一  被告人甲については、

1  ホテトルを経営して売春の周旋をしていたAの注文を受け、その宣伝用チラシを印刷していたが、昭和五九年一一月ごろ同人からホテトル業者の宣伝用チラシをまとめて本にしたいという依頼を受け、これを引き受けて小冊子「プレイメイト」の印刷、製本を始め、その後本件に至るまでの約一年半の間、Aの注文に応じて名称は「プレイメイト」から「エキサイティングガイド」、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」と変わり、内容にも若干の変更はあったものの、同種の小冊子の印刷、製本を続けて来たこと、

2  ホテトル業者のBなどから注文を受けて宣伝用チラシを印刷した件で、昭和六一年二月五日警視庁の事情聴取を受けたが、その際係官から、ホテトルが売春の周旋を業としていること、その宣伝用チラシが公衆電話ボックスなどに置かれて遊客を誘引するものであることを改めて知らされ、その印刷が売春防止法違反の幇助になると警告されていること、

3  右事情聴取の直後、Bから「Aの本も刷らない方がいいんじゃないか。あの本にはAの店も載っている」と忠告されていること、

4  その直後、Aから再び「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」の印刷、製本を依頼されたが、警察の調べを受けたので引受けられないと一旦は断っていること、しかし結局断りきれなかったものの、Aらが検挙されても甲印刷の名は出さない、証拠を残さないために取引を帳簿に記載しない、代金は現金払いで領収書も発行しないという条件を承諾させた上、その印刷、製本を引受けていること、

5  別のホテトル業者の宣伝用チラシを印刷した件で、同年四月一日にも新宿警察署の事情聴取を受けていること、

6  その数日後にAから本件小冊子の印刷、製本を依頼されたが、再度警察の調べを受けたので引受けられないと断ったけれども、同人から断るのなら他の印刷業者を紹介してくれと迫られ、被告人乙と相談した上その印刷、製本を引受けるに至ったこと、

二  被告人乙については、

1  昭和五九年一一月ごろからから本件に至るまでの約一年半の間、前記のとおり被告人甲が多数回にわたってAから注文を受けた「プレイメイト」などの印刷、製本をすべて下請けしていること、

2  被告人甲が警視庁の事情聴取を受けた直後ごろ、同人からホテトル業者の宣伝用チラシを印刷した件で警察に呼び出されたという話を聞いていること、

3  そのころ再び「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」の印刷、製本を下請けしているが、その際被告人甲から、一旦はAの注文を断ったが断り切れなかった事情を説明され、「相手は、捕まってもこっちのことは言わないと言っている。現金払いで帳簿にも載せないでやることになった。あんたの方の帳簿にも載せないでくれ」と言われ、「Aは五反田のやくざでホテトルをやっている。その店の広告は例の本に載っている」と聞かされていること、

4  その後本件小冊子の印刷、製本を下請けした際にも、被告人甲からAの注文を一旦断った事情を説明されていること

など、それぞれ前記供述を確実に裏づける情況も存在するのであって、その供述は信用できるが、これをひるがえした両名の法廷供述は、右の諸情況に照らしても到底信用できない。

以上のとおり、十分信用に値する被告人両名の捜査段階の供述など原判決挙示の証拠によれば、被告人両名につきそれぞれ本件幇助の故意を認めた原判決の認定は優に肯認できるのであって、当審における事実取り調べの結果も右認定を左右するに足りない。

第四  刑罰法令適用の誤りの主張について

論旨は、

一  売春防止法六条一項違反の罪には刑法六二条一項の規定の適用はない、

二  ピンクチラシの印刷は、売春の誘引ないし誘引の幇助に当たるチラシの配布を幇助する行為に過ぎないところ、売春の誘引は売春の周旋の予備であるから、その幇助を処罰すると予備の幇助を処罰することになって罪刑法定主義に反するし、幇助の幇助は不可罰であるから、いずれにしても被告人らの本件所為を売春防止法違反の幇助として処罰することはできない、

三  印刷のような正当業務行為について特別刑法犯の幇助が認められるのは、正犯の犯行に深く関与し、相当利益を得ている場合に限られるのであって、右関与の度合いが低く、正犯の営業による利得にもあずかっていない被告人両名を売春の周旋の幇助罪に問擬することはできない、

四  被告人甲は正犯を幇助した被告人乙を幇助したものに過ぎないところ、幇助の幇助は不可罰である、

などと主張して、被告人両名の本件所為に売春防止法六条一項、刑法六二条一項を適用した原判決には法令適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、売春防止法六条一項違反の罪について刑法六二条一項の適用を排除する特別の規定があるとは解されない。また、証拠を検討すると、原判決の認定は被告人甲の本件所為が売春の周旋を直接幇助するものであるとしている点を含め是認できるのであって、右認定と異なる事実を主張して法令適用の誤りをいう所論は前提を欠く。更に、幇助犯としての要件をすべて満たしている以上、印刷が一般的に正当業務行為であるからといって、売春の周旋に関して特別の利益を得ていないなど、所論指摘のような理由でその責任を問い得ないとは考えられない。原判決に所論のいうような法令適用の誤りは存しない。

第五  違憲の主張について

論旨は、

一  原判決は、印刷の自由を侵すものとして憲法二一条一項に違反する、

二  原判決は、被告人両名を本件小冊子の印刷で処罰することによって、印刷業者に印刷の対象となる物の内容を審査し、不適当と認める物の印刷を抑制させるものであって、印刷業者をして国家的検閲の代行者たらしめるものであるから、憲法二一条二項に違反する、

三  本件印刷が売春防止法違反の幇助に該当するという原審の判断は、罪刑法定主義の要請をはるかに超えるものであり、憲法三一条に違反する、

四  売春を含む風俗産業の広告や紹介を多数継続して掲載している雑誌、新聞等の制作販売に携わっている大手の出版社、新聞社、印刷業者が不問に付され、売春経営者の周辺業者も殆ど起訴されていないのに、弱小の被告人らのみの責任を問い、これまで広告代理店、印刷業者に対しては売春の周旋目的誘引罪の幇助で起訴していたのに、売春の周旋罪の幇助で起訴している本件公訴の提起は、明らかに恣意的、差別的であって、その起訴及びこれに基づいて被告人らを処罰した原判決は憲法一四条に違反する、

というのである。

しかしながら、憲法二一条一項の保障する表現の自由も公共の福祉による制限の下にあるところ、売春の周旋の幇助は公共の福祉に反するから、周旋の幇助に当たる印刷行為を処罰しても憲法二一条一項に違反しない。また被告人両名を処罰することにより、一般印刷業者をして処罰の対象となるような印刷を自粛させる事実上の効果があるとしても、そのことから直ちに所論のように原判決が印刷業者をして国家的検閲の代行者たらしめるものであるとはいえず、原判決が検閲を禁止した憲法二一条二項に違反するとの主張は採用できない。更に、売春防止法六条一項、刑法六二条一項はいずれも罪刑法定主義に反するような不明確な規定とは解されず、被告人らの所為に右各規定を適用した原判決は法定手続を保障した憲法三一条に違反しない。また、同じような罪を犯した者のうち被告人らのみが起訴されたとか、起訴罪名が類似の事案と異なるなどという事柄は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地による差別の問題ではなく、本件起訴ないし処罰が右のような差別の結果であると認めるべき事跡もないから、原判決に法の下の平等を定めた憲法一四条違反は存しない。以上のとおりで、原判決に所論のいうような違憲のかどはない。

第六  結論

その他所論が主張しているところを考慮しつつ記録及び証拠物並びに当審における事実取り調べの結果を検討してみても、原判決に所論のいうような誤りはなく、論旨はすべて理由がない。

よって、刑訴法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田穰一 裁判官阿蘇成人 裁判官小田部米彦)

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